政治が引き裂いたものを、技術が再び縫い合わせる。
AIに韓国語で質問しても、英語で質問しても、日本語で質問しても——内部では同じ意味空間で処理される。言語はただの入出力インターフェースに過ぎない。AIにとって、言語の壁は最初から存在しない。
なのに人間の知識ネットワークは、まだ言語で分断されたままだ。
優れた洞察は、どの言語で書かれても優れている。しかし今、その多くは言語の壁の向こうで静かに消えていく。英語圏の人も、世界の大半で何が考えられているか知らない。誰も悪くない。インフラがなかっただけだ。
エスペラントが失敗したのは、人々が新しい言語を学ばなければならなかったからだ。Embeddingは違う。誰も何も学ばなくていい。母国語で書けばいい。意味が先で、言語は出力のフォーマットに過ぎない。
既存のSNSに、この壁を壊す動機はない。
刺激的で、消費されて、また次へ——それでいい場所では、言語の壁を超える必要がそもそもない。しかし知識の海を航海するとき、人はそういう航海をしない。
問題はさらに深い。アルゴリズムの高度化により、私たちはエコチェンバーに閉じ込められ続ける。しかしそのチェンバー自体が、言語という城壁の中にある部屋だ。
英語圏の部屋、日本語圏の部屋、韓国語圏の部屋——それぞれの中でアルゴリズムがさらに分断を深める。分離主義に問題意識を持つ人々が集まれるチェンバーが、そもそも存在しない。彼らはそれぞれ、別の城壁の中にいるから。
今、世界は分断の方向へ加速している。技術が言語と国境に沿って分裂し、政治はその断層を利用する。
政治が引き裂いたものを、技術が再び縫い合わせる。
embeddings.socialはその一つの試みだ。言語に関係なく、意味によってつながる場所。エコチェンバーを超えた、知識の共有地。
人類はつながらなければならない。前に進まなければならない。
知識に国境はない。良い洞察は、どの言語で書かれても良い。
投稿は消耗品じゃない。良い知識は時間を超える。
影響力は中身から生まれる。フォロワー数ではなく、思考を動かした数で測られるべきだ。
深さが遠くへ届く。量より、一つ深く考えた投稿の方が長く残る。
始まりはSNS、目指すのは双方向多言語Embeddingモデルへ。
地球の裏側の誰かが、今日あなたと同じことを考えていた。その言葉があなたに届かなかったのは、インフラがなかっただけだ。
そのインフラを作る。